経過報告

ニューヨークタイムズの記事を翻訳していただきました。


2021/10/26
ニューヨークタイムズの記事を翻訳していただきました。

嘉徳問題を応援する有志7名の方々が、ニューヨークタイムズの記事を翻訳してくださいました!

とてもボリュームのある記事で、かなり詳しく取材されたことが伺えます。

是非、お読みください!

https://www.nytimes.com/.../asia/japan-katoku-seawall.html

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日本語版
【This Pristine Beach Is One of Japan’s Last. Soon It Will Be Filled With Concrete.
嘉徳の浜は自然が残された日本で最後の海岸の一つ。それが、もうすぐコンクリートで埋め尽くされようとしている】
嘉徳は近くに人が住む村があることすら感じさせない自然に囲まれた浜。
ヒルガオとアダンの木で覆われた砂丘の後ろに数軒の家が隠れており、
もっぱら波の音と ルリカケスの鳴き声によって、蝉の鳴き声は遮られる。
7月に
この浜がユネスコの世界遺産に登録された。
ここには日本の南西部に位置する
緑豊かな山とマングローブ林の保護区に生息する絶滅危惧種は12類近くいるが、
2ヵ月後、
穏やかな空気は新たな音に引き裂かれる事態となった。
嘉徳の砂丘の大部分を削り取り、
その中に浸食を防ぐための2階建ての
コンクリートの壁を埋める準備をしている
トラックやショベルカーの音であった。
この防波堤計画は、
最も貴重な宝である生態系でさえも、
日本の建設に対する執着からは
逃れられないということを示していて、
日本において建設とは自然災害の脅威に対して
長い間用いられてきた対処法なのだ。
特に地方では
景気刺激と政治的資本の重要な供給源となっている。

しかし、自然が残された
非常に貴重な浜にコンクリートの防波堤を建てる計画は、お金や票の問題だけではない。
嘉徳の防波堤計画に反対する住民たちが
日本の田舎の風景を残そうと動くにつれ、
嘉徳の村は二分割になっていった
そこには、気候変動や高齢化、町の衰退といった問題まで絡んでいる。
防波堤建設を支持している住民20人の大半は、
近年の激しい嵐に撃たれているこの村の安全が危ぶまれると言っている。
反対派の多くは島外からのサーファー、
有機農業従事者、ミュージシャン、環境保護活動家などで、
防波堤を作ることで浜とそこに住むデリケートな生態系を破壊すると主張。
反対運動の先頭に立っている日本とパリのハーフのジョンマーク タカキ(48)氏は昨年、ビーチ裏のバンガローに引っ越してきた。
彼はネイチャーガイドであり、元コンピュータープログラマー。
より自然に近い場所に住むために近くの町に引っ越した後、2015年から壁の反対運動を開始。
この戦いは、日本の地方で起きている衝突の象徴だ。
昔から住む人は、伐採や建設などの伝統的な生業が、田舎の暮らしを描く人々よって脅かされていると感じている。
衰退しつつある人口や経済を支えるために、
新しい住民を必要としながらも、
その存在を疎ましく思う村もある。
2010年、タカキ氏が初めて嘉徳を訪れたとき、そこは自分が求めていた楽園のようで「こんな場所は今まで見たことない」、それが一変し、「もし、この防波堤を建てたら、ここで何をすればよいかわからない」と。
【Confronting Nature With Concrete
コンクリートが自然の前に立ちはだかる】
日本の田舎には、
嘉徳のような建設計画がたくさん存在してる。
日本では、ほとんどの川を堰き止め、
コンクリートで覆うのが主流。
テトラポッドは海の浸食防止のために
作られた巨大なコンクリートだが、
それらは 生き物の居住可能な海岸線の隅々まで積み上げられる。
2011年に起きた東日本大震災と津波、
そして福島第一原子力発電所事故の後は、
この地域は防波堤でばかりとなった。
地震、火山、津波、土砂崩れ、台風が多い日本にとって、コンクリート建設は理にかなったものであることが多いと、ミシガン大学で海岸工学を専門とするジェレミー・ブリッカー准教授は言っている。
彼は「守るために必要とされてるところにどの程度コンクリートが使われているのかということ、そしてコンクリート工事はもはや日本の文化なのか」と疑問に思っている。
場合によっては、コンクリートの代わりに、砂を補充したり、植物を茂らせたりして、自然の緩衝材に変えることもできると、ブリッカー氏は述べる。
日本の土木技術者の中にはそのような代替手段を用いている人もいるが、
「日本ではコンクリート建設が第一として考えられるため、ソフト的な解決策はあまり重視されない」と彼は付け加える。
嘉徳がある奄美大島では、
全国的に見てもコンクリートへの依存度が高いと、島内の大型プロジェクトに反対してきた活動家のソノ ヒロアキ氏(83歳)は言う。
1950年代に制定された地域のインフラ整備を
目的とした法律により、公共事業には多額の補助金が支払われる。
補助金のため、政治家たちは、5年ごとにこの法律を更新してきた。
そして、奄美大島の経済はこの法律に大きく依存し、嘉徳の住民のほとんどが産業界とのつながりを持っているとソノ氏は述べている。
これはまさに"建設のための建設だ "と。
【The Typhoons Strike 台風直撃】
環境について詳しい専門家は、
この海岸を活発な環境と表現している。
なぜなら、ここは、季節や潮の流れに合わせて、成長したり、縮小したり、変化しているから。
防波堤のような新しい要素は、
自然にとって予測不可であり、
不安定な影響をもたらすことがある。
それは集落でも全く同じで、
嘉徳では、ゆっくり変化してきたが、
ある日突然やってきた。
それは何十年も前から、
住民たちは海岸をコンクリートで覆うという
政府の提案を拒否してきた。
だが、2014年に、2つの強い台風が、浜を流し、集落を守っていたアダン木を根こそぎ倒し、
海から集落を隔て高い砂浜の上に立った墓石は、
無造作に浜の上に動かされた。
この大きな台風によって、
嘉徳の湾が自分たちを守ってくれるという集落の人たちの信頼を揺るがすものになったのだ。
40年前、嘉徳出身の夫と一緒に嘉徳に引っ越してきたサヨコ・ハジメ氏(73歳)は、「波が墓地のすぐ近くまで来て、その後、みんな怖くてパニックになった」と言い残している。
台風が去った後、集落の人たちは県にどうにかならないか助けを求めた。
そこで、
県は、浜が海に飲み込まれないように、長さ1,700フィート(518メートル)のコンクリートの壁を作ることを提案したが、
この提案には、当時、近所に住んでいた高木さんをはじめ、数人の人が反対。
彼らは、
専門家を受け入れ、「政府は具体的な要塞化の必要性を示していない」と結論づけた。
専門家たちは、「防波堤が砂の消失を加速させる」と主張。
これは、実際に近隣の集落でも砂が消失しているため、確証している。
さらに嘉徳が特別なのは、
絶滅危惧種の淡水魚が暮らす川は海と繋がり
季節ごとのリズムで川が浜辺を移動しているのだ。
県は、最初の壁を半分以下に縮小する、
海岸の景観を守るために砂を敷き詰め、
その砂が流されても元に戻せる、と伝えた。
一方、タカキ氏のグループは、新しくアダンの木を植えて、砂丘を補強。
それによって、海岸はだんだん、台風前の砂丘を取り戻していった。
だが、相変わらず、県は防波堤が必要であると言い続けている。
他の集落では、「台風が来ても防波堤で守られているという感覚が強い」と瀬戸内町長、鎌田愛人氏は説明。「そして、台風はますます大きくなっている」と。
建設中止を求めて訴訟を起こしている弁護士の一人、和田トモヒコ氏は、「他の選択肢も検討する必要がある」と語る。
「嘉徳の住民たちが何かしたいと思っていたのに、県は『コンクリート』の一点張り。
「それが日本のやり方だからだ」とも語ってる。
その訴訟について、地元当局はコメントを控えている。
だが、日本の法律ではこのような場合でも
工事業務停止命令を出すことができない。そのため、県は、裁判所の判決が出る前に工事を進めてしまうのだ。
【Competing Visions of the Future
対立する未来像】
今回ユネスコの世界自然遺産登録によって、
観光客増加や嘉徳の経済を促進が期待されるが、集落の人たちは外部の人間に対して警戒している。島の文化は保守的だ。
野球の盛んな日本でもさえ、地元の人々は
宗教的な意味合いの強い相撲のほうを好むし、
また、彼らは日本軍に対して、強い親近感をもっている。嘉徳の近くにある小さな博物館では、第二次世界大戦における米軍への最後の抵抗であった神風特攻隊について、詳しく紹介されている。
吉川チヨコ氏は、
川の水が伝統ある藍染めに最適だったため、
40年前にご主人と嘉徳に引っ越してきた。
ご主人は亡くなり、娘は家を出て行き、唯一の仕事である染め工房はほとんど趣味となっている。
吉川氏は建設に反対してるがこの論争に関わるのを避けている。
今でも、彼女は「よそ者」のままだという。
だから、深入りしないほうがいいだろう、と。
タカキ氏の活動は、そんな彼女の中にある激しい感情に火をつけた。
先月、集落の道端で、現場で働く地元ノリミハジメ氏が、タカキ氏と言い合う場面に、ニューヨークタイムズの記者が居合わせた。
ハジメ氏が鎌を振りながら、
タカキ氏が集落を壊すのではないかと、
不安に思ったようだ。
ハジメ氏は、誰も建設を望んでない、
だけど、防波堤が無いと台風が嘉徳を流してしまう、と話すが、
この集落の最大の脅威は台風ではない、とタカキ氏は答えた。
集落の小学校は数年前に閉鎖され、
タカキ氏と、彼のパートナーを除く、最年少の住民は、50代の女性でバスの運行は今や完全予約制となっている。
「この砂浜こそが嘉徳の最大の財産であり、奄美の海辺にあまたある他のどんな集落にも存在しない、唯一の宝だ」と主張した。
地元の人々が集落の暮らしを守ろうとする中で、このかけがえのない宝を自ら壊してしまうかもしれない、と彼は言う。
嘉徳の主要道路に立つと、その向こうに豊かな浜があることを感じさせない
ハジメ氏は集落のことを一番に考えているようだけど、
「もし集落が死んだら、それまでのことさ」と言った。
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翻訳してくださった有志の方々に感謝申し上げます。


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