経過報告
意思が守られる場所──「ゆめいく」天野代表と子どもたちの午後
こんにちは。
映画「ギブ・ミー・マイライフ!」共同脚本の葛木英(くずきあきら)です。
真夏の午後、「ゆめいく」さんのオフィスを訪ねました。
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(写真:暑い日でもゆめいくへの道は清々しい雰囲気)
教育や居場所づくりの活動を続ける代表の天野将典さん、そしてそこに集まる子どもたちと過ごす時間。
どんな空気が流れているのか、少しのぞかせていただきました。
この日は「薬物勉強会」をやろうと声をかけ合って集まった日でした。
結局、天野さんの機転で勉強会そのものは行われなかったのですが、それでも薬物について知識を得ようと集まる子たちがいるということ自体、この場の力を感じさせます。
やるかやらないかは本人たちが決める。まずそこに、彼らへの自由と信頼を感じます。
オフィスに入ると、数人の子がソファや椅子に思い思いの姿勢で座り、天野さんも一緒にゆったりと話しています。
遅れてやってくる子もいれば、スマホに集中している子もいる。
界隈名──いわゆるニックネームで呼び合っているのが印象的でした。
演劇のワークショップでも使われるのですが、自分の呼ばれたい名前で呼び合うというのは心理的な安全に繋がります。
背景や事情を詮索せず、相手をそのまま受け止める距離感が、自然に息づいているようでした。
会話が弾む中で、話題は「お勉強界隈」に移ります。
東大キャンパスの中で、東大生が勉強を教えてくれたり、反対に界隈民がメイクを教えたりするというユニークな活動です。
最近は雑誌の取材も入り、子どもたちは少し照れながらも、どこか誇らしそうに話していました。
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(写真:雑誌取材を受けての記事)
雑誌として「形として残る」という経験は、自分たちの活動に意味を見出すきっかけになるのかもしれません。
ゆめいくの活動は、お勉強界隈に限りません。芋掘りや能登での復興ボランティアなども行い、企画や運営は若者主体で進みます。
ふと天野さんが「次は漁業やりたいんだよねー」と口にすると、「え?釣りすか?」と即座に返す声。
淡々としたやりとりの中でじゃあどうしたら良いかなと考えるアンテナが立つのが見えて、「また何か始まるかも」という期待がふっと場に広がりました。
そんな穏やかなやり取りの合間に、界隈ならではの話も聞こえてきます。
「仲間が前日に飛び降りた」「逮捕者と動画配信する」「オーバードーズで倒れた」「補導された」──そんな出来事が、特別なことではなく日常の延長のように語られます。その姿に、彼らの生き方や生きづらさが垣間見えました。
ここでは、ご飯や生活だけでなく、心のケアは引けを取らないくらい、もしかすると衣食住よりも優先順位の高い課題なのだろうと感じます。
少し場が落ち着いたころ、話題は受験のことに。
お勉強界隈のメンバーで、有名大学を目指す生徒さんの推薦文についてのやり取りがありました。
天野さんが書いた文章を読ませてもらったのですが、そこには数々のボランティア経験や具体的な活動歴が連なり、読んだ方の背中を押してくれるような内容でした。
感想を伝えると、その生徒さんから天野さんに「こんなんじゃダメ、もっと具体的に」とオーダーがあって修正したものだったそうです。
そんなやり取りから、この場では学力やスキルだけでなく、多くの貴重な経験と何より自分で進みたい方向を決めて大人に伝えていく力が育っているのだと感じました。
大人と子どもでは、どうしても権力差が生まれます。
天野さんは体格も大きく、もし偉そうに振る舞えば威圧的に映ってしまうかもしれません。
けれど実際は、肩の力を抜き、時に隙を見せながら、子どもたちが「仕方ないなぁ」とむしろ引っ張っていくような関係ができていました。
その関係性が、子どもたちの“意思”を守るということなのかもしれません。
「守られる場」と聞くと大げさに聞こえるかもしれませんが、ここは“存在”ではなく“意思”が守られる場所だと感じます。
取材に応じてくれた子たちは、皆とても考えが深く、世間が描く「トー横界隈」のイメージとは違って見えました。
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(写真:薬物勉強会用の映像)
薬物勉強会をきっかけに集まり、雑誌取材の話や日常のやり取りを共有する。
農業や漁業の構想も、アウトローな冗談も、推薦文を巡る真剣でいて笑い話になるやり取りも、すべてがこの場の風景です。
ゆめいくは、型にはめられない子どもたちの意思と日常を丸ごと受け止める場所。
子どもを守る方法はさまざまですが、天野さんが何より大切にしているのは、子どもたち自身の選択肢と決定権。
そして外部の大人たちと活動を通じてつながりを持つ架け橋でもあること。
その自由さは、ほかの団体とはまた違う価値を持っていると、取材を終えてしみじみ思いました。