立松サラ
としまえんは子供の頃から今に至るまで、多くの思い出が詰まった『故郷』そのものです。
その大切な故郷が、今回このような形で急に閉園へと追い込まれた。
更に姑息な計画と防災上杜撰な計画が進行しようとしている。
この情報を知った時、私は非常に強い憤りを覚えました。そして何か行動しなければいけない、と思いました。
沢山の笑顔と思い出を提供してくれた故郷・としまえんを助けるために、今度は私達が立ち上がらねば。そして94年続いたバトンを未来に繋げなければいけない。
そう思いました。
としまえん自体の存続は勿論のこと、プールも残して頂きたい。
あれだけの規模のプールがある場所は日本でも限られていると思います。
ましてや「都内」にあるなど、大変素晴らしく誇らしい事ではありませんか。しかも緑豊かな遊園地の中に。
このような場所は一体どれだけあるのでしょうか?
また、あのプールは単純に「楽しい場所」だけではないと思うのです。
以下に幾つか例を挙げます。
【学習(水泳)のきっかけ】
・としまえんのプールで水に親しみ、水泳を習い始めた子供が実際にいます。
・つまりプールが『学習(この場合は「体育(水泳)」)のきっかけ』となった訳です。
・プールに限らず、人は何か「楽しい」と感じる物に深く傾倒する事がある。
としまえんプールで「泳ぐのは楽しい事だ」「水に入るのが楽しい」と感じれば、水泳を習ってみたいと考える子供が出ても不思議じゃない(というか、そういう子がいた)
・としまえんのプールには「新たな学習を生み出すきっかけ」という側面もあると思うのです。
【リハビリ】
・水中では地上よりも重力の影響を受けにくい為、怪我のリハビリにプールが用いられる事があります。
・ジムや公共体育館のプールに『歩行専用レーン』や『ゆっくり泳ぐゾーン』が設けられているのを見たことがある方もいるかと思います。
あのように、水中を歩行したり、ゆっくり泳ぐ事は怪我のリハビリに有効とされています。
・私は市民ランナーなので、足の故障や怪我をする事があるのですが、そのような時はプールでリハビリ兼トレーニングをしています。
(※ちなみに、としまえん内がコースとなった『練馬こぶしハーフマラソン』にも出場させて頂きました。なので、としまえんへの思い入れはとても強いです…)
・ジムや区営体育館のプールはどこか「味気なさ」を感じますが、としまえんのプールは多種多様。楽しみながらリハビリやトレーニングができます。
・としまえんのプールは「体力養成と治療に役立つ施設」という側面もあると思います。
【防災施設への転用】
・万が一、大規模災害が発生してしまった場合、としまえんは周辺住民の大切な避難場所になります。
・駐車場も含めれば敷地面積はとても広い。なので多くの避難民を受け入れられます。
・更に言えば、としまえんには既に「屋根のある建物」「衛生施設」「トイレ」等も完備されています。これは大きなメリットです。
・また、たとえ動いていなくてもアトラクションや多くの自然を見るだけでも、多少なりとも傷付いた人々の心の励みにはなり得るはずです。
※特にアトラクションやメロディーペットなどの存在は子供にとって、元気を取り戻すきっかけになると思います。
※また自然の近くにいるだけで脳内がリラックスする効果もあるそうです(植物から出されるフィトンチッドという物質が人体にリラックス効果をもたらすと聞いたことがあります)
としまえんには木々や花々が多いので、被災し緊張状態にある人々を落ち着かせる効果があると思われます。
・さて、勿論プールも例外ではありません。
・あれだけの大きなプールがあれば「洗濯場(洗い場)」「風呂の代替施設(身を清める場)」「(プールの水を抜いて)被災者受け入れ場所の拡大」などが出来るはずです。
・特に、被災地では心身や衣類などを清める行為(入浴や洗濯など)は、衛生環境を保つ上で重要なポイントになるはず。
衛生環境が悪ければ、各種病気の発生など「二次被害」も起こりかねません。
・『プールではなく水場なら、としまえん隣にある【庭の湯】を使えばいいじゃないか』という方もいるかもしれません。
・確かに、庭の湯も使用できるなら使用すべきだと思います。
ですが、庭の湯だけで被災者の水回り対応を全てカバー出来るとは思えません。
何故なら収容可能な被災者の人数が多いからです。あれだけの人数を受け入れるにあたり、庭の湯だけで全ての水回り対応が出来るとは思えない。
・だからこそ、あれだけ規模が大きなプールを活用するのです。もしプールを活用できるなら庭の湯の負担も減るでしょう。
万が一、庭の湯が機能停止になっても広大なとしまえんプールがカバーできるはずです。
それは逆も然り。としまえんプールがキャパシティを越えそうなら庭の湯と協力すればいい。
・被災時、としまえん自体は勿論のことプールは大きな役割を果たしてくれる筈です。
としまえんプール、そしてとしまえんには、これだけ大きな魅力と価値があるのです。
94年間存在し続けたという歴史が、それを裏付けています。
今からでも遅くはない。
としまえん閉園、および改造(私にとっては「改悪」にしか思えないのですが)に携わる企業、行政担当者各位は『本当にとしまえんを閉園して良いものか』をしっかり考え直すべきです。
長期的視点で考えていますか?
目先の利益や個人的利益を優先していませんか?
もし、きちんとした計画が練られているのなら、堂々と閉園に関する話をすれば良い。
それに賛同する者が多いなら閉園も受け入れざるを得ないのかもしれません。
ですが現時点の状況を見れば、真逆の状態。
閉園宣言は寝首をかくように発表され、その後の説明も杜撰極まりない。
何より、としまえんをこれまで愛し続けた多くの人々を裏切り、愚弄している。多くの人を傷付け、不安にさせ、悲しませている。
そんな事にすら気付いていない(或いは気付いていながら無視している)
私は「こんな計画をよくも恥ずかしげもなく発表できたものだ」と呆れ返りました。
大企業だろうが、行政機関だろうが、としまえんに対して現在やっている事は「姑息で拙速な愚策」ばかり。情けない限りです。
としまえん閉園と改造(改悪)に加担する者は改めて『自分達が行おうとしている事が本当に人々の為に役立つ事なのか』を再考して頂きたい。
そして、きちんと、堂々と、人々(特に周辺住民)に内容を報告すべきです。
もし反対意見が出たならば、それにも耳を傾けるべきです。
反対意見が出る、という事は「計画に不備があるのを指摘されている証」という事。不備を放置すれば、いずれ大きな災厄をもたらす恐れもあります。
としまえんとプールは、人々から愛されているだけではない。
貴重な文化的財産、自然環境維持、そして高度な防災(避難)対応基地という「極めて実利的な価値」も持っているのです。
これは『残すべきもの・残すべき価値をもつもの』だと思います。
昨日(9月27日)を以て、としまえんの門は完全に閉ざされてしまいました。
ですが、閉園(8月31日)から昨日に至るまで、どれだけ多くの人が集まったでしょうか。
あれが閉園後の遊園地の姿とは思えないほど賑わっていましたよね。
その様子は全国的ニュースにもなりましたね。
これだけ多くの人から愛されている場所なのです。「としまえん」とはそのような場所なのです。
更に言えば、人々から愛されているだけでなく、生態系の保存や防災対応も完備している『完全無欠の重要施設』なのです。
100年と言わず、もっと長く残ってほしい。
いや、残しましょう。
先人の皆様は、94年間の長きに渡り「としまえん」をあの場所に留めて下さった。まさに先人の努力の賜物です。これが今のとしまえんです。
私達はその恩恵を沢山受けてきたではありませんか。
その恩恵により、多くの笑顔を、楽しい思い出を、様々な出会いを、人生の大切な1ページを刻むことが出来たではありませんか。
今度は私達が、そのような宝物を未来に繋げる番ではないでしょうか?
一人の声は小さくとも、その声が増えれば大きくなる。
大きくなれば、何か変化が起こるかもしれない。
やってみなければ分からない。
でも、やるだけの価値はあると思います。
だから私は声を挙げました。
としまえんも、プールも、どうか今の姿のままで残るようにと祈りながら。
100年といわず、もっと長く、あの施設が残る事を願いながら。
長くなってしまい申し訳ございません。
本プロジェクト、応援し強く賛同いたします。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。