ガーディアン
「男性は理解がない」という前提での施策は、かえって性差別に繋がります。
こうした条例が成立すること自体、都議会が危機的な状況にあると言えます。
憲法19条含め、いくつも問題点があります。
思想・良心の自由(第19条)
「無意識」への介入
人の考え方や価値観(バイアス)は個人の内面(良心)に属するものです。これに対し、行政が「それは誤りであるから解消すべきだ」とレッテルを貼り、変容を迫ることは、内面の自由を侵す「マインドコントロール的」なアプローチです。
例えば、あなたの推しに対して、行政が「それは間違ってるからこっちにしなさい!」強制的にほかの推しに変えるよう迫るのと同じです。
沈黙の自由の侵害
啓発によって特定の価値観を公に支持せざるを得ない状況(同調圧力)を作ることは、反対意見を持つ者が沈黙せざるを得ない状況(消極的表現の自由の侵害)を生む恐れがあります。
幸福追求権と身体的自由(第13条)
生理痛体験の強要
デバイスを用いて擬似的に「痛み」を与える行為は、たとえ任意であっても、公的機関が推奨・実施する施策としては「身体的完全性(身体を傷つけられない権利)」の観点から慎重であるべきです。
また、生物学的に男女では痛みの感じ方が異なるため、擬似的に体験した痛みと、実際に女性が体験している痛みは異なります。男性のほうが痛みに鈍感なため、誤った印象を与えかねません。
行政法・法理上の問題点
• 条例に「都民の責務」として無意識の思い込み解消への協力が盛り込まれた場合、罰則がなくても行政指導や社会的圧力の根拠となり得ます。これは「任意」の枠を超えた事実上の強制を生むリスク(過剰介入)があります。
• 「無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」という概念は極めて主観的で、何が「解消すべき思い込み」で何が「健全な個人の価値観」かという境界線が法的に不明確です。基準が曖昧なまま、市民に努力を強いることは法的安定性を欠きます。
• 目的(女性活躍)に対して、手段(生理痛体験や内面への介入)が過剰ではないか、という点です。知識の普及(教育)で足りるものを、あえて身体的苦痛や心理的介入という手段をとることの妥当性が問われます。
研修をおこなう団体や、費用を見ていると利権を疑わざるを得ません。