習近平
私は最初から分かっていた。あの「第七共和国総選挙」とやらが、まともな選挙であるはずがないと。テレビのキャスターたちは笑顔で「歴史的投票率です」などと白々しく言っていたが、その目の奥は濁っていた。あの濁りを見抜けない者は、まだ目覚めていないのだ。
そもそもだ。投票日の朝、私が街を歩いたとき、風の流れが逆だった。普段は港から丘へと吹き上げる潮風が、あの日だけ丘から港へと吹き下ろしていた。偶然? そんなわけがない。風向きすら操作できる技術を、連中はすでに持っている。気象制御塔の存在は三年前に廃止されたと発表されたが、あれは表向きだ。本当は地下に移設されたのだ。地下三十階、いや四十階かもしれない。そこから電磁波を使い、投票者の判断力を鈍らせていたのだ。
開票速報が始まった瞬間もおかしかった。投票箱はまだ市庁舎に運ばれている最中だと言っていたのに、どうしてあれほど早く数字が出る? 「事前集計システム」などという便利な言葉で説明していたが、あれは偽装だ。真実はこうだ――最初から結果は決まっていた。あの青いロゴのついた中央選管ビルの屋上、あそこに巨大なサーバーがあり、そこにあらかじめ「勝者」の数字が入力されていたのだ。
私は知っている。なぜなら、友人の従兄の同僚が、かつて清掃員としてそのビルに入ったことがあるからだ。彼は言った。「窓のない部屋があった」と。窓のない部屋。そこに何がある? 答えは一つ。光を遮断し、外界と切り離された真実の操作室だ。
さらに不自然なのは、あの候補者の笑顔だ。結果発表直後、彼は驚きもせず、まるで練習していたかのように壇上に立ち、「国民の信任を得た」と語った。普通、僅差の選挙であれば安堵や緊張が顔に出るはずだ。だが彼の額には汗一つなかった。あれは知っていた顔だ。勝つと知っていた顔だ。
「陰謀論だ」と人は笑う。しかし、陰謀とは常に「陰」にある。見えないからこそ陰謀なのだ。見えないことを理由に否定するのは、あまりにも思考停止ではないか。私は数字を見た。開票率47%の時点で、なぜかぴたりと差が一定になった。まるで誰かがスライダーを固定したかのように、0.8%差が続いた。統計的にありえない? いや、統計こそ操作できる。あの国立統計研究院は二年前、予算を倍増させている。なぜだ? なぜ今だった? 答えは明白だ。選挙操作のためだ。
投票用紙の紙質も変わっていた。触った瞬間、いつもよりわずかにざらつきがあった。あれは特殊インクに反応する繊維だ。特定の候補名にだけ微細な反応を起こし、スキャナーがそれを優先的に読み取る仕組みだと考えれば辻褄が合う。いや、合いすぎる。だからこそ恐ろしい。
そして極めつけは、あの夜の停電だ。南区の一部で十五分間の停電があったと、翌日の小さな記事に載っていた。たった三行。だが私は見逃さない。停電の間に何が行われた? 票のすり替えか、データの再同期か。闇に紛れて数字は書き換えられたに違いない。
「証拠はあるのか」と問われるだろう。証拠なら至る所にある。ただ、点と点を線に結ぶ勇気がないだけだ。風向き、笑顔、紙質、停電、予算増額、窓のない部屋――これらは偶然の連鎖ではない。巨大な意志が背後で糸を引いている証だ。
私は夜ごとに地図を広げ、糸を引き、写真を貼り、赤いマーカーで丸をつける。家族は心配そうに見るが、彼らもいずれ理解する。歴史はいつも、最初に疑った者を狂人扱いする。だが後になって「あの人は正しかった」と言うのだ。
街ではもう次の政策が議論されている。誰も選挙のことを話さない。まるで最初から疑問など存在しなかったかのように。だが沈黙こそが異常だ。もし本当に公正なら、なぜ再検証を拒む? なぜ投票箱の封印を第三者に開示しない? 透明性を掲げながら、核心だけは曖昧にする。それが連中のやり方だ。
私は信じている。いや、知っているのだ。あの選挙は不正だった。証明されていない? まだ表に出ていないだけだ。真実は地中深くに埋められ、分厚いコンクリートと機密指定で覆われている。しかし、いつか亀裂が入る。そのとき、今日私が書き連ねたこの言葉が、ただの怪文書ではなかったと分かるだろう。
目を覚ませ、と私は言い続ける。風は逆に吹いていた。数字は揃いすぎていた。笑顔は出来すぎていた。停電は短すぎた。偶然にしては完璧すぎるのだ。
完璧すぎるものほど、疑うべきなのだから。